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グルメ・コンプレックス殺人事件−1
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グルメ・コンプレックス殺人事件
『3人の子どもが誘拐された』
東京都北区中里に住む牧田和夫から、5歳の息子が行方不明であるから捜査してほしいという連絡が入ったのは、桜の花も散り、新緑の葉が芽吹き始めた4月のはじめ、まだ風の冷たい夜の8時頃であった。
捜査員が牧田宅へ直行して事情を聴くと、蒼白な顔をした牧田夫妻と同居の祖父母が口々に言うには、子どもはたいてい幼稚園から帰宅すると、近所の子どもたちと遊び、夕方の5時には必ず帰宅するということであった。8時まで帰ってこないので心配した母親が手あたりしだいに知り合いの家に電話したが、息子はどこにもいなかった。
北区中里の所轄では人数を動員して息子の牧田洋平を探したが、幼稚園関係・近所・親戚など思い当たるところにはどこにも見当たらず、その日はそのまま捜索は終わった。翌日になっても手掛かりはなく、捜索は難航し、1週間が過ぎた。
豊島区大塚に住む土屋五郎から5歳の息子が行方不明であるとして、捜査願いが出された。しかし、息子の土屋望は行方不明のまま1週間たったが、牧田和夫の息子の場合と同じようにどんな手がかりも得られなかった。
さらに、目黒区目白に住む葛城平次から5歳の息子次郎が行方不明であるから捜査してほしいという連絡が入った。1カ月のうちに3人の5歳の子供が行方不明になったことを重視した警察は科学警察研究所の横田主任研究官を指名して捜査に参加することを要請した。今から30年前の話である。
この一連の子ども誘拐事件に見られる共通項は、3人とも5歳の男児であること、行方不明になったのは夕方の5時過ぎであること、同じ山手線を交通の手段とする住居地に住んでいることだけである。3人の男児の通う幼稚園はそれぞれ異なった地域にあり、幼稚園の経営者や教育理念などの共通点は全くない。
一番目に誘拐された子どもの父親である牧田和夫の職業は整形外科の医師であり、土屋五郎はIT産業の若手の取締役、葛城平次はビルのオーナーであった。いずれも面識はなく、共通点といえば、3人とも高額所得者であるということぐらいである。彼らの住居もすべて持家で、70〜100坪近い豪邸に住み、家族は牧田医師以外は核家族で、広い家の中で子どもはお手伝いの手にゆだねられていた。
しかし、常時子どもはお手伝いさんの傍で遊んでいるわけではない。近くの公園は近所の子どもたちの格好の遊び場であり、高級住宅地の真ん中に作られた公園で遊ぶ子どもたちには家庭の事情がどのようになっているのかなどは問題ではない。子どもは無心になって遊びに興じ、区役所のアナウンスが聞こえると同時に反射的に遊びを中止して帰宅するのである。この様な習慣は長い間変化することはなかった。
整形外科医の妻以外は土屋と葛城の妻は専業主婦であった。牧田洋平には3歳の妹、土屋望は7歳の姉、葛城次郎には9歳の兄と8歳の姉を持つ平和な家庭の子供たちであった。家族構成にも共通項はない。牧田家では代々続く整形外科医の家系で妻も同じく整形外科医であった。このように、全く何の関係もない家族の5歳の息子が1週間おきに行方不明になったのである。
当初、誘拐犯の仕業かと思われたが一向に犯人からの連絡はなく、どのような手がかりも残されていなかった。目撃証言もなく、忽然と消えた3人の子ども達がどこへ連れ去られたのかを週刊誌はさまざまな憶測を書きたてたが、初めに事件が起こってから3カ月も経過すると世間は初動捜査の過ちであると非難するようになった。
横田主任研究官の視点は次のようなものであった。子どもがどこで行方不明になったのか、犯罪者のタイプ、犯罪の動機である。この3点を解明することが犯人逮捕の決め手になるというものである。
では、まず、3人の子どもはどこで消えたのか。3人の子どもたちはほとんど近所の公園で遊んだあと、時間になればすぐに帰宅した。5時になると、区役所のアナウンスが「5時になりました。お家に帰りましょう」と遊んでいる子供たちに呼びかけている。それが帰宅の合図であった。
3人とも裕福な家庭ではあったが、特別な習い事をする日以外は、近所の子供たちと騒ぎ、叫び、遊びたわむれるという活発な子どもたちであった。アナウンスに従って、子どもたちは三々五々家に帰るわけだから、誰も特別にお互いの帰宅に注意しているわけではなかった。3人の子どもたちはいつも遊びなれている公園の遊び場から、誰れにも知られずに忽然と消えたことになる。
行方不明になった場所が公園であるということ、しかも3つの公園は比較的近隣の公園であることなどから犯人の居住場所が「同心円的地域理論」に該当する可能性は高い。すると公園のある場所から推測して、山手線の大塚、駒込、目白の3か所の半径50メートル付近に居住する比較的規則正しい生活をしているが、内面には何らかの葛藤を抱えている人物であるということになる。
また、犯人は消えた子どもたちの3つの公園に何らかのサインを残しているというのが横田主任研究官の見解であったから、捜査員は徹底的に3つの公園の周辺を洗った。
すると、森永キャラメルの包紙が1枚、3つの公園から見つかった。森永キャラメルで子どもの関心を買うなどは余りにも安易な考えであり、子どもがキャラメルをもらえるからと言って犯人の後にやすやすとついて行ったとは到底考えられない。故意に犯人がキャラメルの包紙をそこに落としたのだと横田主任研究官は考えた。
森永のキャラメルなど今どきの子どもたちが欲しがるはずもないから、恐らく犯人がそのキャラメルに何らかの思い入れがあったのだという。森永キャラメルが子どもたちに好まれた時代はすでに30年も以前のことであろう。もし犯人が子どもたちをさらった理由とキャラメルの包紙が関係するとすれば、犯人の子ども時代にキャラメルが大きな意味を持っていたに違いない。
横田主任研究官は犯人のプロファイルを行った。
犯人は50歳代の男性で礼儀正しく、規則正しい生活をしており、家族を持たず一人暮らしであり、頑固な性格で容易に信念を曲げない中肉中背の男で、食品関係の仕事をしている真面目な人物である。
しかも、菓子職人か三ツ星系のレストランのシェフ、またはウェイターであるとプロファイルした。
駒込、目白、大塚を中心にした三ツ星クラスの菓子店、レストラン、グルメばやりの美味な食事を提供する瀟洒なレストランはどこにあるのかを徹底的に捜索することが命じられた。
はたして、横田研究官はこの犯人の消息を突き止めることができるであろうか。
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