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グルメ・コンプレックス殺人事件−2
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グルメ・コンプレックス殺人事件
『取調べ室の中−1』
逮捕されたのは、52歳の「アジサイ」という名のレストランのシェフ木村秀夫であった。
彼は頑として犯行を否定したが、キャラメルの包みについていた指紋が一致したことが決め手となった。わずかに残っていた3か所の公園内にあった同じ靴跡や公園の1か所に人が座っていた様なくぼみがあって、そこに付着していた髪の毛やわずかな繊維の切れ端、ケーキを作る時に飛沫したらしい微細なパン粉などが犯人を特徴づける証拠である。
しかし、子どもの消息は分からない。
シェフの周辺に子どもの影はどこにもない。シェフの生活は規則的で生真面目で、従業員たちの評判もすこぶる良いので、いま一つ彼が3人の子供と関わる要素は見つからない。
つまり、シェフがなぜ子どもをさらっていったのか、その動機が全く不明であった。頑固に犯行を否認するシェフの姿には並の神経では到底太刀打ち出来そうもない確固とした態度があって、それに困惑した担当の所轄は科学警察研究所のプロファイラーとして名高い横田主任研究官の招聘を再度要請したのである。
横田主任研究官は直接取調室に出かけて犯人と対面することになった。取調室に入ってきた妙齢の婦人を見て木村秀夫は一瞬ひるんだように眼を伏せた。彼女は穏やかな物腰で椅子に腰掛けると、静かな声で尋ねた。
「お腹がすいてませんか?」
ぎょっとしたような顔つきで木村秀夫は頭を振ってこたえた。
「すいてません」
「お腹いっぱいというわけでもないでしょ?」
横田主任研究官がさらに聞くと木村秀夫は耐えられないといった態度で「そうです」と答えた。
「お母さんはどうしてますか?」
木村秀夫は怪訝な顔で横田主任研究官の問いに「ええっ」と行き詰ったような声で問い直した。
「お母さんはお元気ですか?」
「母はいません。1か月前に亡くなりました。母のことを知っているのですか?」
「書類上のお母さんはね。重度の認知症で施設に入っていましたね。生きている間、息子のあなたは1週間に1度は自分が焼いたケーキを持ってお見舞いに出かけている。でも、認知症のお母さんはあなたが誰かわからない。喜んでおいしそうにケーキを食べつくすと見知らぬ息子に深く頭を下げお礼をいって寝てしまう。
そんな暮らしが3年も続いてその挙句にお母さんはもうケーキを口にすることもなくなった。すっかり痩せ細ったお母さんを見てあなたは急に悲しくなって密かに涙を流しているのを施設の人が見ています。
あんなに好きだったケーキの箱はお母さんの枕もとに置かれたまま。他に見舞う人もいないので、施設側はもう食べるものを持ってこないで下さいとお願いする。
でも、あなたはこれまでの習慣から逃れることができなくてお母さんの枕もとでひっそりと自分の焼いたケーキを食べるようになった。そうでしょ?」
「はい」木村秀夫は観念したようにうなずいた。
「ところが、最近になってお母さんの様子がおかしくなった。あなたがケーキの箱を持って病室に入ると突然凶暴になって、あなたからケーキの箱をひったくり、どこにそんな力があるのかと驚くほどに箱ごとケーキをあなたに投げつけるようになった。そうでしょ?」
木村秀夫はうつむいたまま答えない。
「あなたは思い出したのね。あなたが5歳の時のこと、家に帰るとお母さんがおいしそうなケーキを食べていた。当然、おなかのすいている息子はケーキをねだったけど、お母さんは恐ろしい顔であなたを家から追い出し、なかなか家の中に入れてくれなかった。
それを機会にお母さんはグルメ狂いになった。ほとんど、息子や夫に関係なく毎日のようにグルメ店通いで、スマートだった綺麗なお母さんがでぶでぶと太ってゆくのをあなたは悲しく見ているほかなかった。
あなたが口にできるのは森永のキャラメルだけ。
お母さんは自分だけおいしいケーキを食べるのに息子には森永のキャラメルだけしか与えなかった。たった1粒のキャラメルをあなたは何時間もかけて口の中で溶かした。
お父さんにはその頃、若い愛人がいた。ほとんど家に帰ってこない日が続いた。
まるで、お母さんはお父さんに復讐するみたいにあなたに満足な食事を与えなかった。あなたはみるみる痩せおとろへ、餓死寸前になって保育士の手で施設に送られた。
その後、お母さんの消息を知らないまま、あなたはお父さんの愛人に引き取られた。若いお母さんは連れ子のあなたに無関心で、それでもあなたの成長に必要な食事を当てがい義務だけは果たした。
あなたはどこかに行ってしまったお母さんのことがひどく気になっていたけど、それを口にすることができなかった。
あなたにとってのお母さんのイメージはおいしそうなケーキだった。あなたはお菓子作りの職人になろうと決心した。
お父さんは反対した。けれども、あなたの決心は固かった。高校を卒業するとすぐにあなたはあるレストランに勤めた。しかも運よく勤め先のシェフに見込まれて、フランスへ留学させてもらった。あなたは立派なシェフとなって、「アジサイ」の後継者になった。
「アジサイ」のオーナーには後継ぎがいなかったのね。ここまではすべてが順風満帆、あなたの実の母親があなたのお店にやってきて、あなたの作ったお料理を食べに来るまでは。
相変わらず、お母さんはグルメ狂であった。しかも、お母さんはいつも若い娘と一緒だった。娘と一緒に楽しげにグルメを楽しんでいる実母を見てあなたはその娘が異父妹かもしれないと思った。
30年前に別れたお母さんはずいぶん肥満して年取っているように思えた。あなたは理由もなくその娘が嫌いになった。娘はお母さんと同じくらいに肥満していたからかもしれないけど。とにかく、あなたが知っているお母さんはいつも自分を疎外し、グルメどころか満足な食事も与えなかった。
お父さんへの腹いせということは今になっては良く分かる。でも、そんなこと、5歳の子供に分かるはずがない。今はお父さんもお義母さんも他界してしまった。あなたがフランスへ留学している間に、彼らは交通事故で同時に死んでしまった。
天涯孤独の身になって、自分をひどい目にあわせた実の母親がどうしているのか気になったことがある。
でも、自分から積極的に消息を探る前に、突然お母さんが娘を伴ってあなたのお店に現れた。でも、お母さんはシェフのあなたが挨拶しても、それが自分の息子であることを知らなかった。通り一遍の挨拶もそこそこに、彼らはメニュウにかじりつき、勝手にたくさんの料理を注文した。
ためらいながらあなたはその場を去ったが、何とも言えない奇妙な感情があなたを支配していた。そのあともずーっと」。
横田主任研究官はそこで木村秀夫の表情を探った。木村秀夫は沈黙のまま、横田主任研究官の話を聞いていた。
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