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グルメ・コンプレックス殺人事件−最終話
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グルメ・コンプレックス殺人事件
『最終話』
「どうしてあなたはそんなことをしたの?」
「・・・・・」
「どんなに残酷な目にあっても、子どもは母親を世界で一番愛しているの。
あなたを餓死寸前まで追いやり、自分はおいしそうなケーキをいかにも見せびらかして食べたお母さんを憎みながら愛していた。
けれども、お母さんとはそれきり会うことがないままに、30年たってやっと再会した。
おいしいケーキを相変わらずお母さんは喜んで食べていた。
しかも娘と一緒に。あなたの心は複雑に揺れ動いた。お母さんを憎む代りに娘を憎んだ。あなたはお母さんを自分のものにしたかった。
グルメに凝って肥満したお母さんにケーキを作り続けた。たった一人で身寄りのないお母さんをたとえ認知症を患っていても、自分が引き取り世話をすることで満足した。
けれども、ある日、お母さんはあなたの作るケーキを受け付けなくなり、30年前のように残酷な仕方であなたの作ったケーキを投げつけるようになった。
愛するお母さんの残酷な仕打ちをあなたは思い出した。
走馬灯にように駆け巡る30年来の記憶が一時に押し寄せ、あなたは息が詰まった。
5歳の時の飢餓感や恐怖が甦り、呼吸困難になり、今にも死ぬかと思えるほどの錯乱状態に陥った。
あなたは、これまでにない衝動に駆られて、無意識のうちに森永のキャラメルを買い、5歳の子どもたちの遊ぶ公園に出かけ、ひもじい思い出のあるキャラメルを口に入れた。
30年前のようにあなたは子どもたちの遊ぶ姿を見ながらキャラメルを口の中でゆっくりと溶かした。そのキャラメルはあなたにとっての命綱だった。そうですね?」
「僕は子どもを殺していない」木村秀夫は頑固に言い放った。
「それでは、あなたの庭に埋められていた3人の子どもの遺体はどうしたの?」
「勝手に子どもは死んだ」
「あなたが何も食べるものを与えなかったからでしょ?」
「そうじゃない。僕は子どもにキャラメルをあげた。でも子どもたちは誰もキャラメルを食べなかった。だから勝手に死んだんだ」
「恐怖のあまり、そんなキャラメルなど食べる気がしなかったのね」
「僕だって恐怖だった。でもキャラメルを食べて今まで生き延びた」
「状況が異なるのよ。子どもたちは知らないおじさんにさらわれ、知らない部屋で、何も食べるものを与えられなかった。そんな状況のなかでは、たった一粒のキャラメルを食べる気分にさえならないでしょ? 子どもにはそのキャラメルを食べて生き延びようとする知恵はないわ。唯、泣き叫んでいるだけだったはずよ。
あなたの場合はお母さんだった。
いくら残酷なお母さんでも、あなたはまさかお母さんが自分を餓死させるとは思わない。だから、お母さんはキャラメルをくれた。あなたはそのように解釈した。だから生き延びれた。あなたはむしろお母さんに感謝したくらいでしょ?
あなたのお母さんに対する愛は時空を超えて今に至るまで、ずーっとあなたの心を満たしていた。今もなお、ずーっと」。
ご意見・ご感想突然、木村秀夫は泣き出した。
「母さんの食べていたケーキが食べたかった。最高においしそうに見えた。僕はそれ以上のケーキを作ろうとしたんだ。だから作った。
僕の作るケーキには定評があった。母さんもおいしそうに食べた。
それなのに、突然、母さんは僕の作ったケーキを投げつけ、死んでしまった。僕を父さんと間違えたんだ。母さんには死ぬ間際に意識が覚醒した瞬間があった。その時、目の前に父さんとそっくりの僕がそばにいた。
母さんは物凄い目で僕を睨むと「殺してやる、死んでしまえ」と叫んで、僕にケーキを投げつけたんだ。僕は何をして良いのかわからなくなった。これまで張りつめていた糸が切れたみたいに、行くべき方角がわからなくなった。もうどうでもいいんだ。3人の子ども達には本当に謝罪したい。それよりも子どもたちの両親に謝りたい。ごめんなさい。ごめんなさい。許してください」
横田主任研究官は取り調べ室を出た。
これまでのキャリアをすべて放擲してまでも人間は幼いころに受けた傷にこれほど簡単に躓くのか。5歳の時に与えられた衝撃的な出来事が人間の一生を一変させる、そうした心の闇を抱えながら、人間は生きているのだ。
桜木まりが語ったこの一連の出来事に衝撃を受けた僕はやっぱり、子供を殺したのは母親だと思った。母親の役目は重いものがある。僕は一体、これからどのようにして幼児・児童教育を学んでゆけば良いのか不安になった。
「やっぱ、母親が犯人だ。どう考えても母親は直接手を出していなくても、子どもを殺したも同然だ」輪島諒平はきっぱりと言った。
「どうしたの?そんなに興奮して。ワトソン君」背後から声が聞こえた。
「横田先生」と桜木まりが叫んだ。僕は振り返った。まず、目についたのは目の前にある白いスカーフだった。僕は衝撃のあまり頭の中が真っ白になった。
「横田先生ですか?」僕はやっとの思いで尋ねた。
「そうです。ワトソン君」と老教授は答えた。
「ワトソン君って、シャーロック・ホームズの助手のワトソン君?」
「そうです」
「それで僕がそのワトソン君ですか?」
「嫌ですか?」
「別に、そんな・・・急に言われても・・・」僕は答えに窮してしどろもどろに答えた。そばで桜木まりが、くすくすと笑っていた。
どうやら、これから僕はワトソン君になるらしい。白山の稜線がむやみに霞んで見えた。春の風はまだ肌寒い。僕がワトソン君だって、そんな事があり得るのかな。僕の運命はどうなるんだろう。横田教授が研究室のドアを開け、桜木まりがその後に続いて研究室の中に入った。
僕は恐る恐る桜木まりの後に従った。
<第1話 了>
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